そして、スパコン問題で、エンジニアや研究者の方々も、???を呈していらっしゃる。今週のアエラに特集されているように、財務省以外の事業官庁は、罵倒され、話もきいてもらえない、との恨み節、、。
しかし、しかし、しかし、フツーの方々には、「あの、事業仕訳っていうのを、初めて私たちなんかにも、見せてもらえて、民主党に政権交代してよかった。」という声が、結構多いんです。
片山さつきブログ:事業仕訳をめぐる二極分解の世論が意味するもの 重要な視点。結局のところ騒いでいるのは干上がる人々か。 (via masanork) (via clione) (via etecoo) (via fukumatsu)
そういう層に刺さるように編集されたMADだからな
そりゃ溜飲を下げるにはもってこいだな
(via yaruo)
で、『このライトノベルがすごい』で順位がどうこう騒いでました。
作家さんがたの中には本気でこういう読者参加型のイベントに嫌悪感示す人いるんですよね。
ネット上でアマチュアが感想垂れ流してるだけなのにそういうのに権威持たせるな!とかいうのが大まかな意見らしいです。
もちろんそのとき杉井亭にいる人全員が好き勝手に評価されている当の本人たちなので、そんなふうな結構厳しい意見も飛び交います。
でも、私、この前『金と芸術』なんてストレートな本読んだんです。そこに大体こんなことが書いてありました。
「アーティストが批評家の評でどうこうなることはまずありそうもない。特にマイナスの方向にはそうだ。なぜならば多くの観客は批評家の批評などまず見ないし、批評家の批評をわざわざ見るほどの客は自分の目で作品を選ぶ」
愛の対義語って無関心だってさ。悪評も評、てよく聞く言葉だと思います。
まああとは、ライトノベルって言葉を使うな! 定義するとSFとかミステリみたいに滅ぶ!とかもたまに聞きますね。
で、それについても『金と芸術』にありました。(著者はオランダのアーティスト兼経済学者。どこの国のどのジャンルの芸術も似たようなものなのかなと思いました)
「アーティストは自分の作品を定義されることを嫌う。ただ、アーティストが自分の関わる作品群には定義しきれない新しいものがあると思い込むのは勝手だが、歴史を振り返れば、すべての芸術が定義され整理され、時代の一つの区分になってきた」
私はこういう考えに賛成する。
その思い込みの幻想の中でどう頑張るかが創作だ!
定義するなと騒ぐのが創作なのではない!
飲みでした|すぱイしー ているず (via katoyuu) (via brccolsy) (via ssbt) (via petapeta)
ライトノベルと分類されたくなければ、桜庭一樹のように、何らかの権威を身にまとうことやね。
ライトノベルは小説の中でもっとも大衆化商業化が進んでいる分野であり、読者との距離感はほとんど無い。書き手も努力しなければ読者やワナビーの中に簡単に埋没してしまう。
つくづくこの国は、年寄りが快適に暮らし生にしがみつくために次世代からありとあらゆるものを収奪している、老人のための老人による老人の国だとしか思えない。
日本の年寄りは、孫の命を奪ってまで長生きしたいのか!? あんたたちは孫の生き血を吸ってまで今以上まだ長生きしたいのか? どうして、何処かの老人団体が、「私たちはもうお迎えを待つだけの身の上ですから、どうか孫たちにその分のワクチンを先に譲ってください」くらいのことが言えないのか?
大石英司の代替空港 - 日本の年寄りの強欲を糾弾す (via winkcat) (via konnoy) (via uessai-text) (via sw0oord)
ソイレントグリーンでもやりたいのか?
「個別案件」ではプログラミングの可能性を生かせない: 設計者の発言 (via otsune)
全く同意。
大昔に1回失敗したというか、何度も失敗してるアイディアのような気もするけど部材の共通化をやらないと。
現状はゼネコンがビル立てようとしても、A社の鉄骨とB社の床材を接合しようとすると困難が伴うような感じ。もっとひどいか、毎回鉄骨と床材を設計して作り直しているくらいか。
何回車輪を発明すればいいんだと。




